彼女の距離感に困る
掴んだままでいる彼女の腕を、少し引き寄せる。
それが逃げてほしくないという自分の中の気持ちなのだろう。
自分がこんな行動に出るだなんて、誰が思っていただろうか。
他でない自分が一番、自分の感情の揺れに驚いているのである。
「君が、俺の知らない感覚を引っ張り出した」
「え?」
「君からの告白を受け、こちらも混乱している」
そう伝えると、彼女は数秒間を置いてから、反応を示した。
「こ、告白……!?そんなつもりはまだ……あぁ、でも結果的に言うつもりもないことまで言ってしまっていたかも……」
掴んでいる手とは反対の手を口の前に置く彼女。
告白?え、告白なのかしら?なんてぶつぶつ口に出している声が微かに聞こえる。
告白をするつもりでいたわけではなく、突発的に行っていたのだろうか。
先に、頬とはいえキスをしてきたのは彼女の方からだ。
逃げられはしないだろう。
そういえば、今まで彼女のことをこんなにもじっくり、近くで見ていたことはなかったと想起する。
いつもは遠くから眺めるばかりか、彼女が接触してきた時のみしっかりと顔を見るのであり、自分からは必要以上近付くこともなかった。
自分が話しかけても彼女は喜ばないだろうという自信の低さ故の……いや、それも言い訳か。
そう、楽しく話している彼女たちを羨んでいたのだ。
羨み、悔しがり、壁をつくっていたのだ。
仕事をして気を紛らわせていた。
彼女は、そんな俺すらも気付いていなかった気持ちに、気付いていた。
『寂しいくせに』
彼女の方が心理というものの理解が深いのだろうか。
だから彼女に、俺の知らなかったこの感情を、教えてほしいと思った。
今、彼女の顔を見て、それが愛らしいと、こちらも思わず顔の筋肉が緩んでしまう、この感情を、きっとこの先君は教えてくれることだろう。
握っていた手を、ようやく離した。
そしてまた、噓偽りない今の気持ちを彼女に告げる。
「これからも、君の気持ちを知りたいと思うし、君に俺の知らない感情を教えてほしいと望んでいる」
「……はい」
「そして君も、俺の気持ちが知りたいと言った」
たくさんの想いを告げられて、こう返すことは、決して正解とは言えないだろうが。
「今よりもう少し、距離を縮めさせてもらえないだろうか」
今は、これが精一杯伝えたい気持ちだ。