井戸の中
「近寄んなよっ、性病っ!」
「うわ……っ! くっせぇー!」
「ほんとだっ! くせぇー!」
「性病の匂いだっ! くせぇー!」
「「「性病ぉーっ! 性病ぉーっ! 性病ぉーっ!」」」
学校からの帰り道。
いつまでも続く田んぼ道の真ん中で、同級生に囲まれた俺は、そんな悪口を浴びせられながらトボトボと歩いてゆく。
ゲラゲラと笑いながら、代わる代わるに俺を小突く智と司と隆史。
ーー人口の少ないこの田舎では、大抵の者が皆顔見知りで。その狭いコミュニティの中で、複数の女性と関係を持っていた俺の父親。
それは勿論ーー周知の事実として、大人達は呑んだくれの父親の事を悪く噂した。
それを間近で見ていた子供達は大人を真似、その悪口の対象は父親ではなく、その息子にあたる俺へと向けられた。
悔しさに涙を滲ませた俺は、下唇を噛みしめると目の前の智を着き飛ばして一気に駆け出した。
「っあー! 性病が逃げたーっ!」
「っ……いってぇー。……ふざけんな、公平っ!!」
「待てぇーっ! 性病ぉーっ!」
逃げ出した俺を捕まえようと、智達はゲラゲラと笑いながら追いかけてくる。
捕まってたまるかと、必死に走って逃げるその姿は……。
まるで、獣に狩られる兎のようだ。
そのまま必死に走って逃げ切ると、玄関扉に手を掛け家の中へと入ろうとした、その瞬間ーー
グンッと軽く宙を浮くような感覚とともに、俺の身体は後ろへと引き戻された。
ーーー!?
驚きに反射して振り返ってみるとーー
俺のランドセルを掴んだ智は、ゆっくりとした動きで口角を吊り上げると、俺を見つめて嬉しそうに瞳を細め、ニヤリと不気味に微笑んだ。
「つーかまーえたー」
呆然と、そんな智の姿を見つめたまま固まった俺はーー
額から冷んやりとした汗が流れ出るのを感じながら、ゴクリと小さく喉を鳴らした。