井戸の中





「近寄んなよっ、性病っ!」

「うわ……っ! くっせぇー!」

「ほんとだっ! くせぇー!」

「性病の匂いだっ! くせぇー!」

「「「性病ぉーっ! 性病ぉーっ! 性病ぉーっ!」」」


 学校からの帰り道。
 いつまでも続く田んぼ道の真ん中で、同級生に囲まれた俺は、そんな悪口を浴びせられながらトボトボと歩いてゆく。

 ゲラゲラと笑いながら、代わる代わるに俺を小突く(さとし)(つかさ)隆史(たかし)


 ーー人口の少ないこの田舎では、大抵の者が皆顔見知りで。その狭いコミュニティの中で、複数の女性と関係を持っていた俺の父親。

 それは勿論ーー周知の事実として、大人達は呑んだくれの父親の事を悪く噂した。

 それを間近で見ていた子供達は大人を真似、その悪口の対象は父親ではなく、その息子にあたる俺へと向けられた。

 悔しさに涙を滲ませた俺は、下唇を噛みしめると目の前の(さとし)を着き飛ばして一気に駆け出した。


「っあー! 性病が逃げたーっ!」

「っ……いってぇー。……ふざけんな、公平っ!!」

「待てぇーっ! 性病ぉーっ!」


 逃げ出した俺を捕まえようと、智達はゲラゲラと笑いながら追いかけてくる。
 捕まってたまるかと、必死に走って逃げるその姿は……。
 まるで、獣に狩られる兎のようだ。

 そのまま必死に走って逃げ切ると、玄関扉に手を掛け家の中へと入ろうとした、その瞬間ーー
 グンッと軽く宙を浮くような感覚とともに、俺の身体は後ろへと引き戻された。


 ーーー!?


 驚きに反射して振り返ってみるとーー

 俺のランドセルを掴んだ智は、ゆっくりとした動きで口角を吊り上げると、俺を見つめて嬉しそうに瞳を細め、ニヤリと不気味に微笑んだ。


「つーかまーえたー」


 呆然と、そんな智の姿を見つめたまま固まった俺はーー

 額から冷んやりとした汗が流れ出るのを感じながら、ゴクリと小さく喉を鳴らした。



< 3 / 12 >

この作品をシェア

pagetop