植物女
すすり泣く母の頭に1枚の桜の花びらが舞い落ちるのを見ながら私は理解しました。

 母を悲しませているのは私が植物と話せるからだと。

 そして誓いました。

 もう人前でそれを言うのは止めようと。

 でももしかしたらそれを教えてくれたのは頭上の桜だったかも知れません。

 今思えば。

 記憶が遠すぎて定かではありませんが。

 家に帰ると母は家中の植物を捨ててしまいました。




 それから私は普通の女の子としての人生を歩み始めました。

 とくべつがっきゅうなるものに入ることもなく、両親は満足そうでした。

 息苦しさは続いていましたが、服を脱ぐのは我慢しました。

 ただ帽子だけはどうしても嫌ですぐに脱いだり、どこかに隠して失くしたふりをしていました。

 外でこっそり植物と会話はしていました。

 植物たちもそれぞれ性格がありました。

 種類によって性格の傾向はありましたが、同じ種類でも個々に容姿が違うように——他の人には同じに見えるかもしれませんが、私には違って見えました——性格も違いました。

 夏の植物は陽気なのが多く、反対に冬の植物は気難しいものが多いです。

 蘭は気位が高く自分たちを特別だと思っていて他の花たちを見下しているところがありました。

 でも中にはそうでもない蘭もいて、そういう蘭は他の花たちと一緒に花束にされても仲良くやっていましたが、そうでない蘭はいつも不満を漏らしていました。

 野菜も話をします。

 食卓に上る野菜たちは一様に「食べてもらえてうれしい」と言います。

 本当にそうなのか、もっと人生——ここは植物ですから植生とでも言うのでしょうか——をまっとうしたくないのかと尋ねると、1番輝いている時に華々しく食べられるのがいいそうです。

 もっともそう思っていない野菜もいるとは思いますが。

 野菜たちにとって食べずに捨てられるのが1番悲しいそうです。

 なので私は出された野菜を食べ残したり、冷蔵庫で野菜を腐らせたりしたことはありません。

 人間と違って外国の野菜も同じ言葉を話しました。

 植物の言葉は世界共通みたいです。



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