おやすみピーターパン
まだ暫く診察時間にはならないクリニックは照明が落とされていて、日が昇っているとはいえまだ薄暗い。ぽつりと一部屋だけ明かりの漏れる部屋が、今は誰のものなのかすぐに分かった。
「おお、風羽か」
その薄暗い廊下を、何やら点滴のパックのようなものを持ちながら、二郎おじさんはぶらぶらあるいていた。
「二郎おじさん」
「なんだ、空のこと京子から聞いたのか?」
「うん……」
「じゃあ会ってやれ。やっと寝かしつけたのが夜中だから、まだ起きないとは思うけどよ」
おいで、と二郎おじさんは掌で私を呼ぶ。
いいのだろうか。なんだか躊躇してしまう。
でもここまで来て引き返すのもおかしな話だし、やっぱりピーターくんが心配だ。
私は頷いて二郎おじさんの後につき、恐る恐るその病室に足を踏み入れた。
殺風景な病室だった。
当たり前だけど、私物は全くなくて、残りの少ないパックがぶら下がる点滴スタンドと、それに繋がる細い腕。
広めの個室にぽつんと置かれたベッドには、昨日も森で会った彼が居た。
「起こすなよ」
そう静かに言い付け、二郎おじさんは点滴のパックを取り替えた。
起こすなよ、なんて言った癖に、どこからか取り出した注射器をピーターくんの腕にぷすりと刺す。真っ赤な血が容器に逆流して痛々しかったけれど、それでもピーターくんは起きなかった。
陶器みたいに真っ白な頬が紅く紅潮していた。寝ているのに急に咳き込み出して、私は思わずびくりと肩を震わせた。
「大丈夫、大丈夫」
そう二郎おじさんが言い聞かせたのは、彼と私のどちらにだっただろうか。
ベットを少しだけ上に起こして、ピーターくんの胸のあたりを優しく撫でた。
それでも起きない彼に二郎おじさんは安堵の表情を浮かべていた。でも、私はなんだか逆に、怖くなった。
「それじゃ俺は京子さんと交代でネバーランドに戻るから。お前はどうする?」
「もう少し………ここにいる」
「そうか。それなら目が覚めるまで居てやれ。空のやつお前が風邪ひいてねーかって心配してたから」
風邪なんか引かないよ、私は。あのくらいじゃあ。
だけどピーターくんは”あのくらい”でも風邪を引くし、簡単にここまで酷くする。
それを、今初めて知ったんだ。
だから、怖くなった。