おやすみピーターパン
「ふう」
真っ白い腕が、ふいに伸びて、頬に触れる。熱い。
「泣かないで、困る」
本当に困ったような顔をして笑う。
困るってなに。私だって涙が止まらなくて困る。
君がそんな顔で笑ったりしなければ堪えられたのに、なんて酷いことをするんだろう。
「……だけど…ね、俺、結構気に入ってたよ…ピーター・パンごっこ」
大袈裟に上下する胸で、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
「だって……それならこんなに苦しいのも、大人になれないのも。童話の中の不思議な魔法の仕業だって、そう考えたらちょっとだけ息がしやすい気がしたんだ…」
カッコ悪くてごめん、と頬を撫でる。
なんで、どうしてを頭の中で繰り返す。なんだって彼がこんな顔をしなくちゃいけないの。
子供の彼は子供らしく、童話の中に夢を見ただけなのに。
「俺、ふうと居るのが好きなんだ」
「…わ、たしも、好きっ」
食い入るようにそう答えると、彼は少しほっとしたような顔をする。それを見て初めて、私は彼の命の刻限を聞いてから一言も声を上げていないことに気づいた。
声を出すとやっぱり震えていて、なんだか余計に泣けてきた。声すらまともに出ないのに、どうして涙っていうものは訊ねもせずにぼろぼろと流れてしまうんだろう。
「……………わたし」
随分頼りない声だったと思う。だけど伝えたいことがあって、伝えなくちゃと決めていて、きっとそれが、今私にできる精一杯のことで。
「それでも知りたい、ピーターくんの物語を。読み続けていたいの。最後の、最後まで」
そう、君に伝えるならばこんな言葉で。
彼は目を伏せた。それでも僅かな動揺は、彼の爪をふるわせては私の頬に伝わる。
「………俺の物語は不甲斐ないばかりだよ、ふう。病気からも、母さんからも、学校からも逃げて、こんなところまで来たんだ」
懺悔を零すように声を歪ませた。隠すように顔を覆う手の甲。その細い指の隙間から、常なら目にかかることはないような彼の脆い部分を垣間見たような気がした。
それなら、その強ばる手をすうっと緩めるだけの言葉を、私は彼に届けたい。
「………それでも、それでもいいんだよ。だって、それはピーターくんの物語だから。ピーターくんの好きなように、生きていいんだよ」
私に小説みたいな語彙力はなくて、想いをそのままに、必死に紡ぐことしかできないけれど。
今誰よりも強く、君に伝われ、と願う。
「……………取り返しのつかないことを、したんだ。ふうにだって言えない。他にもたくさん、たくさん傷付けて、でも何一つ救えなくて、自分だけ逃げてきたんだ、俺は…」
「そんなの関係ないよ、だってそうゆうの全部吸って、今のピーターくんが居るんでしょう?だから、ねえ……」
お願いだから。
「幸せになって、いいんだよ」