おやすみピーターパン
【空 side】
その夜、夢を見た。昔の夢だった。
前に、1回だけ。本当にただそれきりだけど、本気で死のうと思ったことがある。
俺のせいで父さんが死んで、その頃はちょうど俺の病状も安定しない時期で、母さんは全部自分で背負おうとして、どんどん心が壊れていった。
それを見て、自分は母さんのそばにいたらいけないと思って、どうにかして離れなきゃと思って、父さんの部屋からカッターを持ち出して手首を切った。
衝動的な行動だったけれど、血を見て生きてると実感したいとかじゃなくて、本気で死のうとした。洗面器に水を張って、傷口が、血が固まらないようにして、本格的に。
でもそれは結果として、母さんを余計に壊した。
すぐに母さんに見つかって、病院に運ばれてあっさり生きてしまった。俺の左手首と、母さんの心に傷を残しただけだった。
それを見兼ねて、当時主治医だった次郎先生が、ネバーランドへこないかと誘ってくれた。
二つ返事で承諾した。ネバーランドという名前に惹かれた。
”どこにもない国”、そこに行けば自分も居なくなれると思った。
そうやって今日までずっと。
向き合えずに逃げてきた夢だった。
どれもこれも、ただひとつも本当のことで。夢と言うより追憶だろうか。
「空、入ってもいいか」
聞きながら返答を待たずに扉を引いて入ってきたのは、予想通りの人物。
「次郎先生」
「おう、起こしちまったか」
「いや。起きてた」
次郎先生の大きな手が額に触れる。ひんやりと詰めなくて顔を顰めると、次郎先生も同じ顔をした。
「まだ熱が高いな。夜更かししてたら良くならないぞ」
「してないよ。嫌な夢見ただけ」
そう答えればもう次郎先生は何も聞いてこなかった。次郎先生に話した覚えは無いが、おそらく知ってるのだろう。俺が体調を崩す度にあの頃の夢を見ることを。
起こしちまったか、なんて尋ねたくせに、最初から俺を起こしてくれるつもりで声をかけたのだろう。そうでなければ、きっと声なんて掛けずに病室に入ってきただろうから。
ああ、そうだあの時だって、今も。
俺を悪夢から引き戻してくれるのはこの手だった。
その夜、夢を見た。昔の夢だった。
前に、1回だけ。本当にただそれきりだけど、本気で死のうと思ったことがある。
俺のせいで父さんが死んで、その頃はちょうど俺の病状も安定しない時期で、母さんは全部自分で背負おうとして、どんどん心が壊れていった。
それを見て、自分は母さんのそばにいたらいけないと思って、どうにかして離れなきゃと思って、父さんの部屋からカッターを持ち出して手首を切った。
衝動的な行動だったけれど、血を見て生きてると実感したいとかじゃなくて、本気で死のうとした。洗面器に水を張って、傷口が、血が固まらないようにして、本格的に。
でもそれは結果として、母さんを余計に壊した。
すぐに母さんに見つかって、病院に運ばれてあっさり生きてしまった。俺の左手首と、母さんの心に傷を残しただけだった。
それを見兼ねて、当時主治医だった次郎先生が、ネバーランドへこないかと誘ってくれた。
二つ返事で承諾した。ネバーランドという名前に惹かれた。
”どこにもない国”、そこに行けば自分も居なくなれると思った。
そうやって今日までずっと。
向き合えずに逃げてきた夢だった。
どれもこれも、ただひとつも本当のことで。夢と言うより追憶だろうか。
「空、入ってもいいか」
聞きながら返答を待たずに扉を引いて入ってきたのは、予想通りの人物。
「次郎先生」
「おう、起こしちまったか」
「いや。起きてた」
次郎先生の大きな手が額に触れる。ひんやりと詰めなくて顔を顰めると、次郎先生も同じ顔をした。
「まだ熱が高いな。夜更かししてたら良くならないぞ」
「してないよ。嫌な夢見ただけ」
そう答えればもう次郎先生は何も聞いてこなかった。次郎先生に話した覚えは無いが、おそらく知ってるのだろう。俺が体調を崩す度にあの頃の夢を見ることを。
起こしちまったか、なんて尋ねたくせに、最初から俺を起こしてくれるつもりで声をかけたのだろう。そうでなければ、きっと声なんて掛けずに病室に入ってきただろうから。
ああ、そうだあの時だって、今も。
俺を悪夢から引き戻してくれるのはこの手だった。