おやすみピーターパン
それから30分程、ピーターくんによる由梨ちゃんのピアノレッスンが繰り広げられた。由梨ちゃんも少しピアノを習っていたことがあるらしく、ピーターくんが簡単に教えればすぐに理解して挑戦していた。
一方、楽器の類にはとんと鈍い私は、そんな二人をただぼうっと眺めていた。
そうしているうちに、何となく分かってきたことがある。由梨ちゃんは鍵盤よりも、ピーターくんばかり見ては、教えることに夢中な彼が不意にその顔を近づけると、薄ら頬を赤らめていた。
そっか、由梨ちゃんてピーターくんが好きなんだ。
根拠はないけれど、かなりの確率でそうだろう。ピーターくんと言えば、顔はかなり整ってるし、優しいし、それでいてどこか強い。好きになっても全然可笑しくないと思う。
あれ、これじゃあまるで、私も。
「空!」
私の思考を遮るように、次郎おじさんの声が響く。
次郎おじさんは扉の前で、酷く慌てた様子で肩で息をしていた。
「先生」
「空、探したんだぞ!部屋にいないから…」
「先生慌てすぎ。俺脱走とかしたことないじゃん」
そう言ってクスクスと笑うピーターくんは、やっぱり少し嬉しそう。
「治りかけに調子に乗ると拗らすぞ。早くベッドに戻れ。この部屋は窓がなくて空気がわりいから」
「んー……はい。由梨、ごめんね」
「ううん、付き合わせてごめんね空兄」
申し訳なさそうに眉を寄せる由梨ちゃんの頭に、ピーターくんがそっと手を置いた。
「由梨。さっき教えた曲、友達には、元からできましたって顔をして弾いたらいけないよ」
「へ?」
「正直に、皆のために頑張って練習したって言いな。その方が、嬉しいから」
自分のために努力してくれる人が居るのはとても幸せなことだから、そう言って髪を撫でるピーターくんの表情は優しげで、由梨ちゃんはまた顔を赤くした。
ずき。胸が痛む。どうして。