おやすみピーターパン
ピーターくんが部屋に戻って、私と由梨ちゃんは部屋に二人きりになった。しまった、ピーターくんについて行けばよかった。なんか、かなり気まずい…。
「……風羽さん」
逃げるように部屋を出ようとした時、彼女が先に沈黙を破った。
「風羽さんは、空兄のことが好きなんですか?」
「へっ?」
唐突すぎる問いかけに、思わず素っ頓狂な声を出してしまう。だけど、振り返った由梨ちゃんの顔は、至って真剣だった。
「な、なんでそんなこと急に…」
「好きなんですか?好きじゃないんですか?」
ずい、と顔を近づけられ、私は思わずたじろぐ。そんなこと、急に聞かれても困る。だけど、答えるまで彼女は一歩も引かないつもりだろう。だからって、なんて答えたら。
「……わ、わかんない」
悩んだ末に、私は正直な本音をこぼした。
「わかんない?」
由梨ちゃんは怪訝そうに、そして不満そうに首を傾げた。
「だ、だってそんな風に、考えたことないし……」
「それ本気で言ってるんですか?あの顔に優しくされて何にも思わないなら恋愛不適合者ですよそれ」
「なっ……」
え、由梨ちゃんてそんなこと言うの?そーゆう感じの子だったの?
「………てことは、由梨ちゃんはやっぱりピーターくんが好きなんだ?」
「そうですよ。こんなに分かりやすくにしてるのに、気付いてないのは空兄くらいですよ」
以外にもサバサバした性格らしい由梨ちゃんは、呆れたようにため息を吐いて言った。
「……いや…もしかしたら、わざと気付かないふりしてるのかな」
「気付かないふり?」
「はい。だって、空兄はきっと一生恋愛なんてする気ないんです」
一生、その言葉がずしりと酷く重く感じた。私の一生と、彼の一生の違いを私は知っている。
それを知らないはずの由梨ちゃんなのに、細めた目には影が落ちていた。秘密ですよ、とぎこちなく笑う横顔を見つめていた。
「私、ほんとうは知ってるんです。空兄の病気が、死んじゃう病気だって」
ひんやりと、空気が冷たくなった気がした。薄い膜の張った瞳は、私の知らない何かを映す。
「………………え」
「だって、気づかないわけないじゃないですか。空兄、ほんとに調子悪い時はほんと悪いんです。そうゆう時は二郎先生が会わせてくれないけど、急な発作に居合わせたことは何度かあります」
その時を思い起こして、眉を寄せて険しい顔をする由梨ちゃん。
「あんなの見せられて、風邪こじらせたとか生まれつき身体が弱いとか、そんなんで誤魔化されるわけないじゃないですか」
馬鹿じゃないんですから、子供だからって。
そう由梨ちゃんは強い声で言った。
由梨ちゃんの強い瞳には、私の知らないピーターくんが映っている。なんとなくだけれど、その瞳の強い光は、ピーターくんが与えたんじゃないかと思う。
「ヒーローなんです。私にとって…空兄は」
懐かしむように、騙り出したのは、由梨ちゃんの物語だ。