おやすみピーターパン
【由梨side】
家が火事になった。
目眩がするほど明るい炎が、ごうごうと大きな口を開けて何もかも呑み尽くす。まるでオレンジの色をした怪獣だった。
動かなくなったパパとママの下敷きになりながら、このまま死ぬならそれでいいかと考えたけれど、次に目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。まだ私が、小学校4年の頃の話だ。
顔に酷い火傷を負った私は、しばらく入院になった。今思えば、必要以上に入社が長引いたのは火傷のせいだけではなく、両親を亡くした私の、引き取り手を探すためだったんだと思う。
あまりにも非日常ばかりが続くもんだから、私はなにもかもに実感を持つことが出来なくて、まるで人形のようにぼうっと日々を過ごした。
だからその日も、ぼうっときまぐれで病室のそとに出歩いた。行く先も特に無くて、私が入院した小児病棟は軽い怪我の子もいるけれど中には明らかに重い病気なんだろうなって様子の子もいて、歩くだけで余計に気分が沈みそうだった。
この足は、もう、楽しいと思える場所に私を運んではくれないんだ。そう思った。
その時、遠く、なんとも場違いな穏やかな音色が聴こえてきた。ピアノの音のようだった。
鉛みたいに重かった足が、なんだか軽く感じた。
久しぶりにまともに歩いたからか、とても長く感じる廊下を歩いて、たどり着いたのは病院の一角の、小さな子たちが遊ぶためにおもちゃやら絵本やらが沢山置かれている場所。そこにはやっぱり子供たちがたくさん居て、それに取り囲まれるように、小さなピアノが置かれていた。
弾いていたのは、私より少し年上に見える男の子。
知らない曲だった。だけど無機質な白い鍵盤を叩く指が奏でる音は、どこか懐かしいような、暖かいような
そんな音色で。
取り囲む小さな子たちがきゃあきゃあとはしゃぐ中で、私はなぜだかひとりだけ、泣いていた。
私はこの世にひとりぼっちになってから、はじめて涙を流したんだ。
いきなり泣き出した私に、ぎょっとした表情をみせた男の子は、ピアノの音をぱたりと止め、私の元へ駆け寄ってきた。
「はじめましてでしょう。俺は空」
ポケットから取り出したハンカチを差し出しながら、まるで花が咲くように微笑んだ彼。顔立ちが、ということだけでなく、彼の纏う空気ごと、私はとても綺麗に見えて、なんだかまた泣けてきた。
それが私と空兄の出会い。
家が火事になった。
目眩がするほど明るい炎が、ごうごうと大きな口を開けて何もかも呑み尽くす。まるでオレンジの色をした怪獣だった。
動かなくなったパパとママの下敷きになりながら、このまま死ぬならそれでいいかと考えたけれど、次に目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。まだ私が、小学校4年の頃の話だ。
顔に酷い火傷を負った私は、しばらく入院になった。今思えば、必要以上に入社が長引いたのは火傷のせいだけではなく、両親を亡くした私の、引き取り手を探すためだったんだと思う。
あまりにも非日常ばかりが続くもんだから、私はなにもかもに実感を持つことが出来なくて、まるで人形のようにぼうっと日々を過ごした。
だからその日も、ぼうっときまぐれで病室のそとに出歩いた。行く先も特に無くて、私が入院した小児病棟は軽い怪我の子もいるけれど中には明らかに重い病気なんだろうなって様子の子もいて、歩くだけで余計に気分が沈みそうだった。
この足は、もう、楽しいと思える場所に私を運んではくれないんだ。そう思った。
その時、遠く、なんとも場違いな穏やかな音色が聴こえてきた。ピアノの音のようだった。
鉛みたいに重かった足が、なんだか軽く感じた。
久しぶりにまともに歩いたからか、とても長く感じる廊下を歩いて、たどり着いたのは病院の一角の、小さな子たちが遊ぶためにおもちゃやら絵本やらが沢山置かれている場所。そこにはやっぱり子供たちがたくさん居て、それに取り囲まれるように、小さなピアノが置かれていた。
弾いていたのは、私より少し年上に見える男の子。
知らない曲だった。だけど無機質な白い鍵盤を叩く指が奏でる音は、どこか懐かしいような、暖かいような
そんな音色で。
取り囲む小さな子たちがきゃあきゃあとはしゃぐ中で、私はなぜだかひとりだけ、泣いていた。
私はこの世にひとりぼっちになってから、はじめて涙を流したんだ。
いきなり泣き出した私に、ぎょっとした表情をみせた男の子は、ピアノの音をぱたりと止め、私の元へ駆け寄ってきた。
「はじめましてでしょう。俺は空」
ポケットから取り出したハンカチを差し出しながら、まるで花が咲くように微笑んだ彼。顔立ちが、ということだけでなく、彼の纏う空気ごと、私はとても綺麗に見えて、なんだかまた泣けてきた。
それが私と空兄の出会い。