おやすみピーターパン
空兄は泣き顔の私を他の小さい子たちから遠ざけて、自分の病室に入れてくれた。
「俺が使ったからちょっぴりぬるいけど、これで目冷やしなよ」
そう言って差し出してくれたのは、熱を下げるのに使うような氷嚢。
空兄の部屋は個室だった。ベッドの近くの壁にはコルクボードが飾られていて、この病院で撮ったと思われる写真や、歪な折り紙やメッセージカードが貼られていた。テレビ台にはとにかく本が沢山置いてあって、私の病室とはまるで違う、自分の部屋のようだった。
「それね、さっきの、あの子たちがたくさんくれるんだ。入院するたびに」
「……そんなにちょくちょく入院してるの?」
「胸…肺がね、ちょっぴり弱いんだ。だけど元気だよ。今回の入院は、それが原因じゃないから」
「……じゃあどうして?」
答えずに、空兄は目を細めて笑った。座りなよと促されて、私は面会者用の椅子に腰を下ろした。
「君はその火傷?家事にでもあったの?」
「………ふつう、そんなストレートに聞く?」
思わず思ったことを口にした。顔に火傷を負った女の子に、そんなこと普通聞くだろうか。触れちゃいけないことだとは思わないのだろうか。
「君がまた泣き出して、せっかく冷やした目をまた腫らしてしまうなら、やめておくよ。そうでないなら、聞きたいな」
「…泣かないけど。そんなに気になるもの?」
「だって、君は誰かに話したそうに見えるよ」
「……!」
思わずぐっと口を噤めば、空兄は悪戯に成功したみたいにクスクスと笑った。図星をつかれたみたいでなんだかムカムカする。
「……聞いたっておもしろくないし、話したって楽しくないもん……」
「でも、ひとりきりで抱えるには重そうだ」
まったく、なんだってこの人は。そうやって心の奥底に隠したものを引っ張り出すような事ばかり言うんだろう。
だけど彼の言う通り、それをずるずると引っ張り出して欲しかったのは本当で。私は何かが壊れたみたいにボロボロと何もかもを喋った。
黙ってそれを聴いていた空兄は最後にひと言だけ、悲しいけれど、それよりひとりが寂しいんだね。と言った。
うんうん、そう、そうなんだ。
パパとママが居なくなって悲しい。ほんとうだ。だけどそんなことより一人きりになったことが寂しくて、どこにも居場所がないのが寂しくて。だけどそんなことを考えたら自分のことばかりかわいいみたいで汚いかなって、ずっと奥底に隠してた。
引っ張り出された感情は思ったよりも複雑で、私は色んな感情に押し寄せられて、抱えきれなくて涙が溢れた。
しゃがみこんだ私の背中を撫でてくれた手がやけに温かくて、どうしてこれまでこうして泣けなかったんだろうって考えたら、ああそうか、こうして背中を撫でてくれる人が、いなかったからだって気づいてまた泣けてきた。