おやすみピーターパン


「由梨も俺と一緒に、島へ行かない?」

涙もすっかり引いて、私が落ち着いた頃に空兄は不意にそう言った。

「島?」

「ここからすこし、離れた島にね。二郎先生が親と暮らせない子供のための施設を創るんだって」

二郎先生は知ってる。担当医ではないけれど、子供たちに人気らしくて、廊下から二郎先生の話が聞こえてくることがたまにあった。

「そこに、空…くんも行くの?」

「うん。退院したらすぐに」

「……空くんも親がいないの?」

「居るよ、かたっぽ。だけど色々あって今は一緒に暮らせないんだ」

空兄はこの頃から、これ以上は自分の領域に踏み込ませない、っていう空気を作るのが得意で。今よりずっと無邪気な子供だった私でも、ぴりぴりとその空気に触れて跳ね返されて、どうしてかたっぽ居ないの?とか、なんで一緒に暮らせないの?とか、気になったけどこれ以上は聞けなくて黙った。

そんなことの全部を察して、空兄はまた微笑んだ。

「でもよく考えてから返事してね。親戚の方だってまだ由梨を引き取りたいって言うかもしれないから」

「……………言わないよ」

顔にこんな目立つ火傷跡がついた醜い女の子、子供にしたいわけない。思わずそんなことを口にすると、またぎしりと胸が痛む。

だけどやっぱり、空兄は私より何枚も上手で。

「どうして?必死に生きた証でしょう。人が頑張って生きることより美しいものはないと俺は思うよ」

そんな私なんかじゃ思いつきもしないことを言われ、また胸が傷んだ。だけど少し、さっきとは種類が違う。

この時から、もう誰も居なくなった私の心の中の大半を、空兄が独占するようになった。



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