おやすみピーターパン





「それはカズラ貝、それはサクラ貝だね」

「じゃあこれは?」

「…………由梨。貝ばっかり拾ってないで海に入ったら?わざわざ水着着てるんだから」

「でも……」

肺が弱い空兄は海水浴なんか出来ない。だからって私だけ泳いではしゃぎ回るのはどうかと思って、水着を着てきた癖に貝ばかり拾っていた。

「俺の事なら気にしなくていーよ。人がはしゃいでるとこ見るの好きだから」

それは嘘じゃなかった。ネバーランドに居る皆が楽しそうに駆け回るのを、空兄はいつも誰よりも楽しそうに見ていたから。

それが、生まれた時から普通の子と同じようには駆け回ったりできない身体をもつ空兄が、空兄なりに見出した楽しみ方なんだ。

だったら、私がそれを否定する訳にはいかない…!


私はサンダルを脱いで、海にダイブした。水飛沫が海岸を舞って、空兄が目を細めて笑った。そう、その顔。

何も無い私だけど、こうして空兄を笑顔にすることが出来るんだと思ったらとにかく嬉しかった。



空兄、ねえ空兄。

私があなたのおかげで笑顔を取り戻せたように、私もあなたの笑顔を守りたいんだよ。


泳ぎは得意じゃなかったけど、とにかく大袈裟にはしゃぎ回った。少し呆れたように笑う空兄が愛しくて、とにかく大袈裟に。

「由梨。あんまり沖に出ると危ないぞ」

引き潮に流され、少しずつ海岸から離れていく。ギリギリ足がつく位の深さになっていたから、空兄が心配して声を掛けてくれたんだ。

「まだ大丈夫だよ〜」



そう言って一歩後退した、その時。





「……えっ?」



足が底に着かずに、体が後ろ向きに倒れる。海底が窪んでいて、1箇所だけ深くなっていたのだ。



────うそっ……!!


悲鳴をあげる暇もなく、体が海へと吸い込まれていく。必死でもがくけれど、水を飲んで苦しいだけだった。息が詰まる。

「由梨!!」

珍しく空兄が叫ぶ声が聞こえたけど、それも膜を張ったように遠く感じた。



苦しい。もう駄目!!





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