おやすみピーターパン
その時だ。
ばしゃん、と大きな音が水中を揺らした。朦朧とした視界に、ぼんやりと人のような影を写す。そして暫くして、真っ白い腕が私の手を掴む。
空兄だ。
「っはあ!!」
空兄に思い切り腕を引かれて水面から顔を出すと、急に酸素が体に入って少し噎せた。だけど幸い海水を飲み込んだのは少しらしく、さっきのような苦しさは消えていた。
だけど頻りに、荒く速い呼吸が隣から聞こえてくる。
「そ、空兄…」
「………とにかく、早く、岸に…」
途切れ途切れにそう言う。そうだ、とにかく早く岸に行かないと。何故だろう。さっきとは種類が違うけれど、なんだか心臓が騒ぎ立てる。
岸に辿り着くと、一気に力が抜けてひどく重かった。まだ私の腕を掴んでいる空兄の腕も重たくて、とにかくお礼を言わなくちゃと空兄に向き直る。
「ありがとう、そらに……」
そして、その光景に目を見開いた。
空兄は地面に崩れていた。
見たこともないほど顔を顰めて、苦しそうに胸を抑えていた。ヒューヒューと木枯らしみたいな音が、どうやら空兄の胸から聴こえているんだと気付いて、血の気が引いた。
「空兄!!」
叫んで、とっさにうつ伏せの身体をひっくり返して仰向けにしたけれど、何が出来るわけでもなかった。
「空兄、どうしたの!空兄!」
必死で呼びかけても、返事は返ってこない。それどころか荒い息が浅くなっていくばかりだ。
私の手は、自分のものとは思えないぐらい震えた。
「空兄!空兄!」
どれだけ名前を呼んでも返してはくれない。すきま風みたいな頼りない呼吸だって、いつ止まってもおかしくないように思えた。
本当は片時も離れたくはなかったけど、このまんまじゃなんにも解決しないんだということに気付いて、私は駆け出した。
早く、早く、早く次郎先生に……!