おやすみピーターパン

その時だ。

ばしゃん、と大きな音が水中を揺らした。朦朧とした視界に、ぼんやりと人のような影を写す。そして暫くして、真っ白い腕が私の手を掴む。


空兄だ。





「っはあ!!」



空兄に思い切り腕を引かれて水面から顔を出すと、急に酸素が体に入って少し噎せた。だけど幸い海水を飲み込んだのは少しらしく、さっきのような苦しさは消えていた。

だけど頻りに、荒く速い呼吸が隣から聞こえてくる。


「そ、空兄…」

「………とにかく、早く、岸に…」


途切れ途切れにそう言う。そうだ、とにかく早く岸に行かないと。何故だろう。さっきとは種類が違うけれど、なんだか心臓が騒ぎ立てる。



岸に辿り着くと、一気に力が抜けてひどく重かった。まだ私の腕を掴んでいる空兄の腕も重たくて、とにかくお礼を言わなくちゃと空兄に向き直る。


「ありがとう、そらに……」


そして、その光景に目を見開いた。



空兄は地面に崩れていた。

見たこともないほど顔を顰めて、苦しそうに胸を抑えていた。ヒューヒューと木枯らしみたいな音が、どうやら空兄の胸から聴こえているんだと気付いて、血の気が引いた。

「空兄!!」

叫んで、とっさにうつ伏せの身体をひっくり返して仰向けにしたけれど、何が出来るわけでもなかった。

「空兄、どうしたの!空兄!」

必死で呼びかけても、返事は返ってこない。それどころか荒い息が浅くなっていくばかりだ。

私の手は、自分のものとは思えないぐらい震えた。


「空兄!空兄!」


どれだけ名前を呼んでも返してはくれない。すきま風みたいな頼りない呼吸だって、いつ止まってもおかしくないように思えた。

本当は片時も離れたくはなかったけど、このまんまじゃなんにも解決しないんだということに気付いて、私は駆け出した。


早く、早く、早く次郎先生に……!


< 35 / 41 >

この作品をシェア

pagetop