おやすみピーターパン
その後、次郎先生は私の知らせに血相変えて飛び出して、あれよという間に空兄は診療所に運ばれていった。
体にはいろんな機械が繋がっていて、口元の酸素マスクがシューシューと音を立てていて、まるで設計中のロボットみたいだった。
空兄は1時間ほどで意識を取り戻したけれど、それからの三日間、起きているのか寝ているのかも分からないような朦朧とした状態だった。
小さい子たちは酷く動揺していた。毎晩泣いている子もいた。私はとにかく、自分のせいでこうなったっ事実が痛くて辛くて、それを誰にも責められないことも何故だか苦しくて。
なんにも出来ないくせに、昏睡と覚醒を繰り返す空兄の傍にずっと座っていた。
「由梨ちゃん、そろそろ寝なさい」
日付けが変わる頃になっても空兄の傍を動こうとしない私を見兼ねて、京子先生が声をかけてきた。
「責任を感じるのは分かるけれど、由梨ちゃんまで体壊したらしょうがないわ」
「……京子先生」
「なあに?」
「………空兄の病気は、いつか空兄を殺すの?」
京子先生は押し黙った。それが肯定を意味するんだって数秒遅れで気づいて、胸の中が空っぽになった気がした。
「………どうしてそう思うの?」
「…だって、私を助けた時、空兄すごく泳ぎが上手かったから。もしかして昔は今程病気が酷くなくて、泳いだりもできてたのかなって考えたら……」
「どんどん悪くなってるんじゃないかって?」
「うん……」
私は俯いてしまってよく見えなかったけれど、きっと京子先生は悲しい目をしていた。想像したらそれだけで涙が流れて、苦しい。
それから少しだけ沈黙が流れて、京子先生がそっと口を開いた。
「でもね、由梨ちゃん。先のことなんて誰にもわからないじゃない?」
「え…?」
「確かに今は、空くんの病気を治すことはできないわ。だけど空くんが大人になるまでに奇跡的に、新しい治療法が見つかるかもしれないじゃない?」
「そんなちょっとの可能性……」
「ちょっとでも可能性がある限りは、どんな結末だって有り得るの。そうゆう風になってるのよ。人の生きる道も、ときに物語みたいに急展開を起こすわ」
わくわくするでしょう?と京子先生は目を細めた。
「──なんて、空くんの受け売りなんだけどね」
空兄の………。
『人が頑張って生きることほど美しいものなんてないと思うよ』
いつかの空兄の言葉を思い出す。
───そっか、そうか。
だから初めて会った時、空兄があんなに綺麗に見えて思わず泣いてしまったんだ。
だって空兄は生まれてからずっと今日まで、必死に足掻いて生きてきた。
今だってこんなに必死に、美しく、生きている。