おやすみピーターパン
それから話をして、京子先生は私がここで寝ていいようにと毛布だけを置いて、また二人きりにしてくれた。
それから長く、何を考えるわけでもなく彼の寝顔を見つめていたら、その瞼がぴくりと動いた。
「空兄!」
思わず大きな声を出すと、うっすらと、空兄はその瞳に私を写し出した。
「ゆり」
掠れて、舌っ足らずな声が切ない。名前を呼ばれただけなのに胸が熱くなった。
空兄がジェスチャーで酸素マスクをこんこんと指を指す。外して欲しいってことなんだって気付いて、いいのかなあなんて思いながらも見よう見まねで口元から外してやった。
「…………ありがとう、由梨」
「外して大丈夫なの?」
「うん、着けてた方が、苦しいってことは、もう大丈夫なんだと思う…」
途切れ途切れだけれど、ちゃんと言葉を紡ぐ空兄。ちゃんと声が聞けた。それだけで嬉しかった。
空兄、ああ空兄だ。やっと逢えたんだって思ったらまた涙が溢れ出した。
「…由梨?」
なんで。困らせたくないのに止まらない。
「それ、俺のせいなの?」
「…違う……」
空兄は何にも悪くない。
「由梨、どうして泣いてるのか、教えて欲しい」
「空兄」
「悲しいから?びっくりしたから?怖かったから?おれバカだから、言ってくれなきゃ分からない」
体調が優れないせいか、心なしか空兄も弱気だった。考えてみたらその頃の空兄は今の私よりも年下で、生死の境をさ迷って、きっと悲しいのも、びっくりしたのも、怖かったのも、空兄自身だったんだと今なら思う。
だけどその時の私はそれに気づけるほど大人ではなくて、だからって開き直って空兄に泣きつけるほど子供でもなくて。まだちゃんと動かない腕で必死に背中を摩ってくれる空兄を、ただただ困らせた。
「由梨、ごめん。ごめんな」
うわ言みたいに呟かれた空兄の声も震えていた。もしかしたら空兄も、泣き出しそうだったのかもしれない。私たちはどうしようもないくらい子供だった。