おやすみピーターパン
突然、ああそうだ、と彼は何か悪戯でも思いついたように楽しそうにニヤリと笑った。
「ふう、知ってる?原作のフック船長は、絵本やアニメと違って、結構イケメンなんだよ」
「えっ、そうなの?!」
オーバーなくらいに食い付いた私に、彼は心底嬉しそうに笑う。
「他には?なんかそーゆう話ないのっ?」
「たくさんあるよ。でも今日はもう、戻らなきゃ」
そう言って彼は時計をちらりと見やり、顔を顰めた。私もつられて忘れかけていたスマホを見れば、まだ5時を回った頃だった。
「もう?門限はやくない?」
「なんたってネバーランドだからな」
「あははっ!それなら仕方ないね」
ネバーランドへの入り口が閉じちゃうんでね、と彼はおどけて笑うと、ひらりと掌を翻して、またねの合図をする。
「狭い島だ、また会えるよ」
「また、ここに来れば会える?」
「どうかな。この湖は好きだけど、いつもここに居るって訳じゃないし。またティンクに案内して貰いなよ」
「ふふ、わかったそうする」
ふわりと無意識に笑みが零れた。なんだろう、すごく落ち着く。
私の、「君はピーターパン?」なんて突拍子もない言葉に、面白おかしくのってくれて。小馬鹿にするよう表情も見せるけれど、全くもって嫌な気分にはならなかった。
彼は不思議な男の子だ。
ぎゃあぎゃあ煩い都会の男の子とはちがう、少し大人びていて。その反面、幼い子供みたいに夢のある話をする。
まるで妖精みたいに、ふわふわ、笑う。
そんな曖昧な存在の彼が、すごく心地良かった。
「ねぇ、また会おうね!ピーターパンくん」
踵を返す小さな後ろ姿に、大きく手を振った。
彼は何にも言葉を返さなかったけれど、後ろ手を振って小さく返事をしてくれた。
ピーターパンくん。
君は不思議な男の子。君は一体誰?何処へ帰るの?
私はなんにも知らない。約束もない。
君を全部知りたいな。