彼氏がいなくなった


 キスなんてしたことない。手を繋いだことすら。てかそんな絵面想像するだけで笑えてしまう。

 告白だってしてない。自転車が故障して訪れた大澤工具店。そのときはじめててっさんに張った見栄が、しかしやがて突如として二人の関係を変えたっけ。


「んだよ颯太、女連れてんな」

「おっさんタンクトップ寒くない?てか二の腕凄いな触らせて」

「おっさんじゃねー鉄人(てつじ)だ変態」

「多分筋肉フェチ、そいつ」


 チェーンたまにぶっ壊れんのなー。

 寒空の下軍手を付けてがしょんがしょん、と自転車を整備する男子高校生の絵面ったらない。そのくせ人が必死こいてんのに多香は人の隣でチュッパチャップス美味そうに咥えてしゃがみ込んでるわ。

 ムカついたから冗談で寄越せと手で煽って見せると、自分が咥えていたそれを極々自然に多香のバカは俺の口に突っ込んだ。



 記憶も作業も吹っ飛んでしまった。しかも当の本人は目をぱちくりさせる俺などお構いなし。お前よそでも同じことやってんじゃなかろうな。

 おそらくそれを見たからてっさんは聞いたのだ。


「颯太、こいつお前のこれ?」

「うん彼女」


 決定打なんて打ったもん勝ちだろう。
 小指を掲げてニヤつくてっさんに、飴を咥えて作業しながら言った言葉。

 多香は心底素っ頓狂な顔をして、

「初彼氏、イェーイ」

 と確かそんなことを言った。
< 30 / 46 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop