彼氏がいなくなった

「磁石にプラスとマイナス極があるだろ」

「うん」

「男と女が惹かれ合うのなんかそんくらいの必定なわけ」

「端折り過ぎてわかりませんが」

「始めから決まってたってこと」


 人が呼吸をするように、
 魚が水の中で泳ぐように、
 ペンギンが空を飛べないように。

 それは当然であって、そこに理由などいらないのだと。確かに日野はそう言った。

 そういえばここ「空町」の語源は澄み渡る空が酷く美しく、町がお飾りに見えるからだと聞いたことがあるけれど。

 これも日野談なので事の真偽は最早確かめようがない。


 ❄︎


「おやまぁ、多香ちゃん、よく来たねぇ」

「いと婆、ホームランバー一丁」

「はいよぉ」


 駅前の角、裏路地にある小さな小さな駄菓子屋「ゆめや」は、御年84にもなる背中の丸まった可愛らしい婆ちゃん、通称いと婆が一人で切り盛りしている。

 学校帰り、必ずここに寄ってはホームランバー(定価30円)を注文し店前のベンチに座って食べるのが日課だった。

 注文するたび、隣からは「一丁ってそれ拳銃な」と言うツッコミが飛んできた。


 私のホームランバーと対峙する宿敵チョコバッドの権化は本日、現在、不在だが。
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