彼氏がいなくなった
「やだそれ」
「褒めてんだよ」
「芥川?」
「そそ」
“蜘蛛の糸”は唯一の救いの手立てなんだよ。
希望に満ちた顔で言っていたが、日野よ。確かあの物語、罪人は縋った糸ごと地獄に落下するんじゃなかったっけ。
❄︎
“新聞配達屋-まごころ-”は朝の配達を終えて、私が顔を出すとおじさんが暖かいストーブの前でのんびりと新聞を眺めていた。
入り口付近で突っ立つ私に気付いたらしいおじさんは、口に添えていた湯呑みを置く。
「えっと…きみは」
「日野、今日来てませんか」
「えっ?」
「日野です。日野颯太。身長170半ば、茶髪さら毛の草食だん」
「い、いやいや知ってるけど。え。きみは…もしかして多香さんかな?」
「よくご存知で」
「やっぱりか…いや、日野くんから噂はかねがね聞いていたよ。褒めていた試しがなかったが、可愛らしいお嬢さんじゃないか」
日野め。見つけたらフルボッコにしてやる。