君と二人の201号室


心配そうに尋ねてくる母親に、若干寒気がしてしまった。

…今さら、心配するような素振り見せられても困る。

どの口がそんなこと言うんだろう。私を捨てたのは、他でもない自分のくせに。



「…どちら様ですか?」



私の口から出た声は、思ったより低かった。


二度と会いたくなかったのに。

できることなら、今すぐ目の前からいなくなってほしい。

そしてそのまま、私の前に現れないでほしい。



「…菜帆?私のこと、怒ってる…?」

「だから、どちら様ですか?」

「あなたの母親…と、言いたいところだけど、私なんかが言っちゃいけないわね」



その人は、ばつが悪そうな顔をして、私から目を逸らした。

…どうせこの人は、また私を利用しに来たんだろう。


壊さないでほしい。

私は、やっと『幸せ』って言えるようになったんだから。

その日常を、壊さないでほしい。


あぁ、もうこの場にもいたくないな。


私はポケットから鍵を取り出し、家の戸締りをした。



「…菜帆?」

「私はこれから買い物があるので失礼します。あと、私はあなたのような母親は知りません。人違いじゃないでしょうか」

「違…」

「タイムセールに間に合わないので失礼します」



何か言いかけたあの人の言葉を遮って、私は足早にその場から立ち去った。

いや、逃げ出した…と言う方が正しいかもしれない。


なんでここに住んでるってバレたんだろう。

もう、あの人と同じ空気も吸いたくなかったのに。

…そのくらい、あの人が怖い。関わりたくない。怒ってるわけじゃないのに、許せない。


私の心は、あの人に会っただけでいとも簡単に、崩れていっている。


――助けてください、拓海さん。


拓海さんは仕事中のはずなのに、私は気付いたら拓海さんに電話をかけていた。

…迷惑かけるのに。

そう思っても、電話を切ることができなかったのだから、私は相当参ってたんだと思う。

コール音が鳴り続くけど、中々拓海さんは出てこない。

当たり前のはずなのに、今の私はそこまで頭が回らなくなってしまって、押し潰されそうなくらいの不安を感じた。




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