君と二人の201号室
一階のエントランスについても、結局お母さんは現れなかったから、ほっとしたような残念なような気がしたけど、とりあえず気にしないことにした。
…デートだもん、楽しみたい。
「菜帆、お母さん…らしき人、いた?」
「…いえ。いませんでした」
「そっか」
ちょうど思ってたことを聞かれたから、すんなり答えられた。
拓海さんの言葉から、気を遣わせてしまったんだな…と思ったのが、嬉しかったけど、申し訳ない気もする。
でも、拓海さんはそれ以上何も聞いてこなかった。
「…!」
不意打ちは、ズルい。
指と指を絡められて、〝恋人つなぎ〟をされる。
…これはいつもは安心するけど、急にされるとやっぱりドキドキする。
「菜帆の手、つめたい」
「…拓海さんの手、あったかいです」
「今は、手冷たくない?」
「…はい」
拓海さんと手をつないでるから。
拓海さんの熱が私に移っていて、心地いい。
…なんて思ってるのは、どうか拓海さんには気付かれませんように。
きっと、気づかれたら、恥ずかしさで死んじゃうから。
「…なんかさ、こうやって手つなぐのって、いいよね」
「…はい」
私もいつも無意識に思ってるんだろうし、当たり前のことだと思ってたけど、わざわざ拓海さんはそういうことを言う。
…なにか、あったのだろうか。
「生きてるから、そこにいるから、つなげるんだよね」
「…そう、ですね」
拓海さんの「生きてるから」という言葉に、死んだ妹を思い出した。
名前は夏帆(かほ)。
夏帆はもしかしたら、私のことを恨んでるかもしれない。
私だけ生きて、夏帆のことを忘れてはないけど、元からいなかったかのように過ごしているように見えるのかもしれない。
私だけ幸せになって、「許せない」って、思ってるかもしれない。