レフティ
「えー、ないんじゃない?あの襟だけっしょ」
「襟?」
「ほら、左前とか右前とかあるじゃん」
美沙が言うには、着物は右前、つまり右手が懐に入るように着付けて、左前だと死装束になってしまうんだそう。
「右手が入るようにって、右利き用でしょ」
「ふーん。確かに」
まぁそれくらいなら、なんてことはなさそうだ。
初めから右でやるとわかっていることなら、どうにか熟すことができる。
例えば、電卓とか、パソコンのマウスみたいに。
私はさっそく美沙を紹介者として、翌日の夕方の時間に、着付け教室の体験を申し込んだ。
― イケメンの先生ねぇ…。
美沙とは大体好みが被らないから、あまりアテにはしていなかった。
とはいえ、イケメンと聞けば胸が躍るのが、女子ってものだろう。
「19時から予約していた桃田です」
その着付け教室は、見慣れたビルの6階に入っていた。
興味がないことって、本当に目に入らないものだ。
「こちらでお待ちくださいねぇ」
品のいい年配の女性に案内され、畳の部屋に通される。
なんだか、着物姿の女性に畳の部屋だなんて、あまりに自分に不釣り合いで、肩身が狭かった。
「お待たせしました~」
気の抜けた声に振り返ると、そこにいたのは、グレーの着物姿の男性。
確かに。
まごうことなきイケメンだ。