満月は密やかに


振り返るそいつの顔面に拳がめり込むと、呻りを上げて冷たいコンクリートに膝をついた。
洗ったばかりの服に汚らわしい返り血がつき、腹立たしさは消えていた。

「さっきの意気込みは何処へいった。まさか、デカい口叩いてただけか?」

挑発的に含み笑うと、血で染まった顔を真っ赤にさせ飛びかかってくる。
…あぁ、いつからこの程度の速さが普通に捉えられるようになったんだろう。
無意味な事を考えながら、腹部へと膝蹴りを入れる。
相手の良い所に当たった感覚は、私の心を徐々に満たしていくのだ。

「思ったよりも呆気なかったな…。ねぇ、もう充分休んでるんだから起きなよ。」

横たわるモノと化したそいつを起こすため、何度も何度も頬を殴った。
見る見る内に、そいつは赤い化け物になった。

「いけない、またやりすぎちゃった…。」

こんなんじゃ、あいつと同レベルなのは解っている。
けれど、もう自分でこの衝動は止める事が出来ない。
殴りすぎて自分の手の甲まで切れてしまう程だ。

「…誰か、たすけて。」

私の悲痛な心の叫びは、届く事なく底知れぬ闇へと消えた。

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