満月は密やかに
目が覚めたときには自室のベットにいた。
きっとあのまま疲れて眠ってしまったんだと思い、重い腰を上げようとして息を呑んだ。
いつもならある筈のないモノがそこに横たわっていたからだ。
正確にはモノではなく、人であるが…。
隣でスヤスヤと寝息を立てる彼は、私に自分の洋服を上から着せてくれたみたいで、道理で寝苦しかったわけだと納得する。
「お風呂に入ってこよう…。」
静まりかえる廊下をスタスタと行き、昨日の一件で汚れきった体を洗い流す。
そうだ、今日はまだあの人に挨拶をしてないや。
「おはよう、お母さん…。」
座敷の隅に置かれた仏壇、亡き母はいつも笑っている。
お母さんを恨むつもりは微塵もないが、私の根本にある闇はいつまで経っても消えてくれない。
「お母さん…。」
どうして私を独りにしたの?
二階で物音がして、彼が起きたのだとハッとした。
彼は嫌いではないが、調子を狂わされるので苦手なのだ。
バレないように、隠し戸から庭へ出て家を後にした。
忘れていたが今日は友達と会う約束をしていたんだった。
「それで?そんな恰好で来て、一体どこへ出掛けるっていうのよ。」
慶子はしかめ面をして私を睨んだが、一つため息を吐くと
自宅へと案内する為にゆっくりと歩き出した。
「でも満月ってちゃっかりしてるよね、必需品は必ず持ってくるもの。そんな部屋着で出歩けないから私のを貸してあげる。私がチョイスしたものを着てね?」
慶子の服の系統は可愛らしいモノばかりで、胸やけがした。
断ることは出来ない…。彼女が豹変してしまうからだ。
「似合うんだから満月も系統変えてみなさいよ。」
小花柄のワンピースなんて、好んで着るわけがない。
今日の目的は都内にある人気のクレープ屋さんなようで、両親が歯科医をしているせいか、余り甘い物を口へ運ぶ機会が少ない慶子は頬が綻んでいる。
じっと横から視線を受けて、面倒臭そうにどうしたのかと問うと
「年々思うんだけど、満月お母さんにそっくりに育ったね。」
私の母を知っている慶子が言うのだから間違いなのだろう。
大好きだった母に似て嬉しい筈なのに、どこか素直に喜べない自分がいたので、頷く事が出来なかった。
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