俺様系和服社長の家庭教師になりました



 少し暑いぐらいの午前中。
 木陰で翠が作ったお弁当を色と2人で食べていた。「朝食食べてなかった。」という色は、あっという間に半分以上を食べてしまっており、自分が作ったお弁当がなくなっていくのを見るのは、翠も嬉しかった。
 予想以上に喜んでくれたのがわかり、翠は「これこそ、早起きは三文の得かもしれない!」と思っていた。

 翠も弁当の半分を食べた頃に、色が今日訪れた理由を話始めた。


 「今日、俺の店が突然常連客の予約が入った。ここら辺の店も全て満室になってる。」
 「そうなんですねー!お休みの前日だから混んでしまいますよね………。それなのに、いつもすみません。」
 「それはいいんだが。だから、今日の家庭教師は別の場所でしようと思う。」


 そう聞いてから、翠は家庭教師をすることになった時の事を思い出した。2人はどこで勉強をするので、もめてしまったのだ。
 そうなると、どこにしようかと迷ってしまう。
 翠はどこかの店が良かったが、色は静かな場所がよかったようだった。
 そこまで思い出して、翠の中で自然に言葉が出ていた。


 「私の部屋にしますか?」

 
 自分の口から出た言葉なのに、翠はそれを聞いて顔を赤くした。大人の女が男性を部屋に誘うと言うことは……と考えてしまうと、大胆な事をしてしまっているように思えてきたのだ。

 だが、翠としては色はもう「お店のお客様」だけの関係ではなくなったし、家庭教師をしている間に、彼の事を前よりは理解しているつもりだった。それに何より好きな人を家に招くのは、嬉しいのだ。部屋を見られてしまうのは恥ずかしいけれど、それよりも色に来てほしいという気持ちの方が勝っていた。


 「おまえ、前はあんなに嫌がってたじゃないか。」
 「それは、冷泉様とあまり関わりもなくて。少し抵抗があったので………。」
 「俺に襲われるとでも思ってたんだろ?」
 「そ、そんなことないですっ!!」
 

 焦って返事をしてしまうと、かえって怪しくなってしまったようで、色は疑いの目で見ていた。その後、すぐに口元をニヤつかせてた。


 「なんだ、襲って欲しいか?」


 公園という場なのに、色は翠に近づき耳元で妖艶に囁いた。

 彼が冗談で言っているというのはよくわかっている。けれども、胸がズキッと痛んだのを感じた。

 (私は本気で、冷泉様が好きなんです。愛しているから、1度でいいから全てあなたを欲しいと思ってしまう事があるんですよ。冷泉様……ここで頷いたら、どうするんですか?)

 返事をせずに固まったまま、微かに視線をそらしながらも色を見ようとする翠を見ると、色はすぐに表情を変えた。申し訳なさそうで、それでいて、戸惑う様子だった。


 「そこで黙り込むなよ。……冗談だ。」


 色は自分の弁当から、プチトマトを手で取り、翠の口元に持っていった。食べろ、という意味だとわかり翠は小さく口を開けると、そこに小さなトマトが入ってくる。微かに色の指が自分の唇に触れ、ドキリとしてしまうが、それを誤魔化すように、歯を立ててプチトマトを食べる。

 プチンと割れ、甘酸っぱい液体が口の中に広がって、翠は少しだけ顔をしかめながら、プチトマトの味を噛み締めた。


 「じゃあ、今夜はおまえの家だな。迎えに行くから待ってろ。」


 有無を言わせぬ言葉に、頷きながらも夜の事を考えてしまう。もちろん、その言葉に反対する理由もない。
 楽しみなのに、どこか悲しいのはいつもの事だ、と自分に言い聞かせて、翠は無言のまま残りの弁当を食べることに集中した。

 
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