麻布十番の妖遊戯
 登は悲鳴をあげた。首に鮮烈な痛みが走るのだ。手で拭うと真っ赤な血が己の手の甲についた。

「クソ。なんで痛いんだよ。死んでからも痛みはあるのかよ」

 首をおさえ、血を止めようとシャツを首まで伸ばしてみたり袖で拭いてみたりする。

「いいねえ、猫夜。約束通りの行動だ。もっと派手に切り裂いててやってくれ」

 もみ手の侍は細い肩を小刻みに上下に揺らしながら猫夜を褒める。

「ちょっと侍、なんだいその約束通りの行動ってやつは」

 侍の一言に即座に反応した昭子と太郎は影の内で侍と向き合った。

 自分ばかり楽しげな約束をしていた侍に、昭子が少しばかりむっとした顔をする。
 太郎も同じく侍の目を真正面から睨みつけた。

「おいおい太郎、そんな間近で睨むなよ。お前が睨むと本気で怖いじゃねえか。昭子さんもそんな怒んなって。二人に睨まれたら俺死んじゃうよ?」

 ムッとしている二人を宥めようと侍はまあまあまあまあ、今から話すから。と手の平を上下した。

「俺がこいつらに会ったときに事の次第を聞いてね、復讐のときになったら是非にもその男の首に真一文字に赤い線をこしらえておくれと約束したんだよ」

 侍は己の首についてる真一文字に入った傷をその男にもつけろと言ったのだ。

 客観的にどうなるのか見てみたかったと言った。己の最後を己で見れないぶん、どうなるのかを見たかっただけだ。ただそれだけだよ。と言って開き直った。

「ああ、そうかい。あんたは元は人間だもんねえ。今じゃあたしらと同じ妖怪になったが、そうか、昔を遡れば甘ったれの世間しらずの大店の長男坊だったっけねえ。遊び放題遊びまわって金を手当り次第使って、終いには裏博打に手を出して借金をこしらえたあげく、とっつかまり、闇の内に首を切り捨てられたんだもんねえ。首は土の中、体は刀の試し切りに使われたから死体はもう見つかるはずもない。己の最後を見たくなるのもわかるわ。ええ、そうだったねえ」

 昭子が一気にまくしたてた。太郎はざまあみろと言わんばかりにくくくと笑っている。

 侍は眉と口を八の字にして泣きそうな顔になる。
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