麻布十番の妖遊戯
「悪かったって。勝手な約束したのは謝るから、そんな昔のこと言うなよ。悲しいじゃねえか」

 この通りだと顔の前で拝んでみる。

「親兄弟からも探してもらえず勘当だったってんだから笑えるさ。殺され方を考えりゃあ死体も上がらないはずだよ」

「もしかしたら見つけられてたかもしれないぜ。それを知らなかったふりをされたのかもしれないねえ」

 昭子と太郎が侍を追い込むような言い方をする。

「そんなに言うなよ。本当に悲しくなるじゃねえか」

 侍が目元を拭った。

「これくらいにしてやるよ。今回だけは許してやる。次はあたしらもちゃんとその中に入れるんだよ」

 涙目になりながら頷く侍を見て昭子がにっこりと笑った。

「よかったじゃねえか。さっさと謝ったからどうやって切られたか事細かに昭子さんに言われなくてすんで。まあ、侍さんは刀でこいつは猫の爪でだけどな」

 と、猫がひっかく真似をした太郎は、自分たちが話しいている間にも登を痛めつけている二匹を見て、

「お。そろそろじゃねえか」

 濃紺の空に指を向け、「ほら、来た」と、薄く紫色に光った空から黒いどろどろした何かがひらりひらりと舞い降りてくるのが見える。

「あら、本当だ。今日は死神のやつやけに早いじゃないか。そろそろ死ぬねあの男も」

 黒いものとは、死神のことだ。昭子が降りてくる死神を確認してから登がどうなっているのかと見れば、血だらけになって息も絶え絶え這いつくばって逃げようとしているところだった。

「やれ早いな。瑞香さんのときは、あの男をいたぶるように、土を一心不乱に掘っているその上から纏わり付いたけど、今回はどうなんのかねえ」

 侍は降ってくる死神を目で追いながら、楽しいお遊びが終わりを迎えようとしているのをつまらなく感じていた。
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