麻布十番の妖遊戯
 その猫には数匹の赤ちゃん猫がいました。
 私もそこに混じって乳を貰い、小猫たちと一緒になって遊んで、喧嘩もして、みんなで獲物の狩り方も教わりました。

 しかし、猫ってもんは一通り自分の力で生活していく力を身につけると母猫に出て行けと追い出されるんです。
 兄弟猫と私は戸惑いました。いつまでも母猫のところにいたかった。いられると思っていたんですから。
 何度も戻ろうとする私らを母猫は威嚇し遠ざけました。すごく悲しくて心臓が痛くなったのを覚えています。今までに味わったことのない感覚でした。

 ある朝、兄弟猫とともに目覚めて母猫のところへ行ってみたらもうそこには母猫はいなかったんです。近所を探しましたがどこにも母猫の姿はありませんでした。

「それ以来一度も母猫には会っていません」

 犬飼はしゃんと背筋を伸ばし、

「それでよかったんだと思います。今ではその気持ちがよくわかる」

 自分自身に納得させるように言い、「誰かが困っているときには助けよう」そう思ったんです。と、つけくわえた。
< 126 / 190 >

この作品をシェア

pagetop