麻布十番の妖遊戯

 昭子と太郎が薄気味悪い笑みを浮かべて侍を見ていた。

 たまこはなんとなくではあるが、その口うるさく言ってくれていた人もまた何者かに殺られてしまったのではないかと思った。
 もしくは、金の切れ目が縁の切れ目だったのかもしれない。
 昭子と太郎に聞けばなんなく教えてくれると思ったが、さきほどちらりと覗き見た二人の顔、怖くて聞けるようなものではなかった。

 聞きたい気持ちはぐっと堪え、唾と一緒に飲み込むことにした。

「よしわかった。じゃ言ってやるよ。俺は侍でもなんでもない。ただの金持ちの長男坊だったんだよ。
 侍のように腕っぷしもないし度胸もねえぞ。すぐ逃げるからな俺は。それに、足腰だって弱い。

 なんせ金持ちの長男坊だぞ。金に物言わせりゃなんでもなったんだ。
 体なんて鍛えるこたあねえし、刀の使い方だってそんなもん覚える必要はなかったんだよ。ん? この刀かい? そりゃああれだよ。生前の教訓だよ。

 刀さしてりゃ変なもんを寄せ付けないようにすることができるだろ。だから魔除けみたいなもんさ。
 あれだな、覚えることがあるとしたら人の良い笑みの浮かべかたくらいだろうな」

 そう言うと、ご自慢の人の良い笑みをふんだんに己の顔に盛ってみた。
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