麻布十番の妖遊戯
 侍が小皿にぼた餅を丁寧に乗せて二人の前に置く。昭子が満面の笑みを顔に浮かべて揉み手をする。太郎が侍の湯呑みを置いた。

「お、いいにおいのこんぶ茶だね」

 こんぶ茶の香りを思い切り吸い込み、侍が目を細める。

「よし、食べるとしようや」と太郎もこたつに入り手を合わせた。

 三人は、ぼた餅を素手で掴み、口にほうばる。指についた餡を舐めたり吸ったりして取る。こういうところがまだ人慣れしていないところでもあった。食べるための道具を使うのが面倒くさいのだ。

 素手で掴んで口に放り込んだほうが早い。三人は食い物については待つと言うことが苦手であった。

 うん、この粒餡がなんともいえない。柔らかくてコシもあって旨い。
 そうだね、餅に適度なコシがあっていいねえ。つきたてはこれだから旨いんだよ。
 中に入っている青紫蘇がいい塩梅に味を締めてますね。一つ一つの大きさもあって食べ応えもある。

 等々、侍、昭子、太郎はいかにもらしいことを言い合いながら、一つ、二つとぼた餅が腹の中に収まっていく。
 三つ目のぼた餅を各々腹に収め、こんぶ茶を啜って口内の甘ったるさを落ち着けると、

「そういや、今日がその日じゃなかったかい?」

 ああ、今日も餅が旨かったねぇ。という一言に添えて何気なしに言った侍の言葉に二人の動きが止まる。

「そうだねえ」

「そうだ。今日がその日だ」

 のんびりと相槌を打った昭子とは逆に太郎はきっぱりと言い切った。

「今日だ」

 太郎が繰り返す。

 三人は心なしか寂しそうな顔をしている。
 昭子は湯呑みを両手で掴み、残りのこんぶ茶に目を落とし、太郎は腕組みをして眉間にシワを拵えている。侍は爪楊枝を探し始めた。
 昭子が重くなった空気を切った。
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