麻布十番の妖遊戯
「さて、今日の夜まであたしらは何をするってんだい? こんな昼日中に出てるのは今日がぼた餅の日だからで、あたしらはこれを食ったらいつもはすぐに影の内に戻るけど、今日はなんだかそんな気分にはなれないねえ。どうする太郎」

 昭子は口の周りについた餡ををべろりと長い舌で舐めとった。

「どうするって俺は帰って一眠りできますぜ。餅も食ったことですし、昼間からここにいる理由もないですしね、端から食ったら帰るつもりでした」

 そんなことを言いながら太郎はこんぶ茶のおかわりを三人分持ってきた。
 昭子はそれを一気に飲み干した。

「相変わらずだねえ」

 昭子が太郎に「おまえは冷たい。あたしの数千倍冷たいじゃないか」と言葉を投げる。「そんなこと言われても、ここにいてもやることないでしょ」と至って太郎は自分のペースを崩さない。

 昭子は、特大のため息をこれ見よがしにつくと、

「侍はあたしと一緒にここに残るかい?」

 こんぶ茶をすすりながら侍の方に向き直る。

「いますよ。まだこのぼた餅を食いきっとらんですし、食後の運動にちょいと街をふらつこうと思ってたんでね」

 侍が箱の中に残っているぼた餅を覗き込む。

「まったくどいつもこいつも」

 ぼた餅に頬が緩んでいる侍を一瞥し、じゃ、あたしはごろんと横になって昼寝でもする。と言うと、座布団を半分に折って枕を作る。無造作に投げると、森の中に転がっている丸太のようにごろんと横になった。

 太郎が茶化そうと口を開いたが侍に首を振られて制された。
 ここで茶化したら太郎は昭子の怒りを買い、影に帰れなくなる。

 開いた口をゆっくりと閉じ、抜き足差し足で太郎は音もなく影の中に消えて行ったのであった。
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