麻布十番の妖遊戯
「今日がその日かと思うとなんだか寂しくなりますね」

「そうさねえ。今まではあたしら三人プラス1の存在になってたからねえ」

「自分から進んで手伝いもするし、時間も知らせてくれるし何かと役に立ってましたしね」

「ようくあたしらを観察してたっけねえ。もう仲間になったとばかり思ってたけど、やはりあの子は行くべきところに逝かないといけないんだねえ」

「あいつの居場所はここじゃないってことですか」

「上であの子のことを首を長くして待ってる奴らがいるんだろうよ。あ、侍、ちょっと熱めので淹れといておくれな。一眠りするから」

 侍は火からおろそうとしていたやかんを今一度火に戻す。
 熱めのを淹れておけば、うたた寝から目覚めても少し温いくらいで飲めるという魂胆だ。

「でも昭子さん、そんなこといっつも言ってますけどね、温い状態で飲める内に起きたことなんて一度もないっての覚えてます?」

 肩まですっぽりとこたつに潜り込んですでに寝息をたてている昭子にもんくを言うが、それはもう聞こえていなかった。

「まったく。どうせ冷えるんだからだったら熱くしないで適温で淹れて飲めばよかったぜ。俺は本当にお人好しだ。昭子さんの言う通りに熱めで淹れるんだからまたく世話ねえわな」

 自分に言ったもんくに自分でおかしくて一人笑いをしつつ、やかんを火からおろす。

 昭子の湯呑みと自分の湯呑みにこんぶ茶を淹れて、「さすがに熱いな」と声を漏らした。
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