麻布十番の妖遊戯
 だったら今度は生きている間にできなかったことをしよう。
 と思いつき、日本全国津々浦々、北は北海道、南は九州まで旅をしてみようじゃあないかと思いたったのである。
 北海道だったら冬だ。海の幸、魚介類も身が締まり、質の良い脂ものっていて美味くなる頃だ。行くなら冬だ。

 いや待て待て、下関の河豚も捨てがたい。河豚刺しを箸でこれでもかというほど挟んで一気に食ってみたい。そこにキンと冷えた冷酒がありゃあ、幸せに体が溶けるであろう。さりとて熱燗に鍋も捨てがたい。

 さて、いかにしたら同時期に旬のものが食えるであろうか。と、丸一日座り込んで考えに考えを巡らせたこともあった。結局。
 まず冬までに北海道へ上り、そこから一年かけて下へ降りるという計画を立てた。そうすりゃ一年後の冬には河豚にありつける。

 宿もその土地で一番いいところに入り込み、一番いい部屋に勝手に泊まってみた。しかし一人じゃ寂しい。一番いい部屋に泊まりたくてもそこに誰もいないときには次にいい部屋に泊まっている人に着いて行き、ちゃっかりお邪魔して寝たりもした。

 当初の予定では一年であったが、死んでしまえば時間も何も関係ない。
 結局気づけば何十年もかけて日本を一周二週、いや、三週と周っているうちにとうとう成仏できないくらいの年月が経過してしまったのである。

 死んでからでさえも親に会わす顔もないので、気にはなっていたが親元へは一度も帰っていない。
 もちろん弟にもどの面下げて会えばいいのか気がひける。実家をうまくかわしてふらふらと風来坊になっていたのだ。

 しかし、そろそろ両親も弟も死んだだろうというほどに年月が過ぎたとき、その時の気分で興味本位に実家を訪ねたのであった。
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