麻布十番の妖遊戯
 ん? ああ、妖怪の話ですよね、ここを話さないとならないところなのでちょっと黙って聞いててもらえます侍さん。で、道案内をしてたんです。途中までは当たり障りのないことを話しながら並んで歩いていました。でも、途中から雲行きがおかしくなったんです。天気のことじゃありませんよ、昭子さん。男の態度です。

 人通りが少なくなったところで、男が私の後ろからついてくるようになったんです。今までは並んで歩いていたのに、いきなり後ろにさがって。なんで後ろに行くのか聞いても、いいからいいからと手を顔の前で振るだけで笑っているので少し不安になりました。

 でも、男は私に有無を言わさず背中を押して歩けと言ったんです。
 その手にはいつの間にかナイフが握られていました。いつどうやって出したのかはわかりません。

 こんな田舎、昼でも夜でも人なんてそんなに遠らない。
 子供だった私は何が怖いのかもわからないまま、初めて来たんじゃないのかって聞いたんですけど、それは私を連れて行く口実だってはっきり言われて、怖くなりました。

 恐怖しかありませんでした。でもナイフで脅されてるので前に歩くことしかできなかった。
 今思えば、無理やり走って逃げればよかったのかもしれませんけど、あの時は何も考えられませんでした。
 それに、子供だと思ってバカにしてますよね。はっきり本当のことを言って私を怖がらせてるんですから。
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