麻布十番の妖遊戯
 たまこは昭子に言われたとおりの方に目を向けると、そこには真っ赤な炎に包まれた太郎の後ろ姿があった。時折黒い靄が太郎にまとわりつく。

 司が太郎から逃げようと震える己の体に「動け、動けよ!」と怒鳴っているが、体は既に動くことを放棄していた。尻を擦り、逃げる。炎まみれの太郎は司をいたぶるように追い詰める。
 
 たまこは時間をかけて唇を左右に引いていく。嬉しそうに目を細め、

「太郎さんもやっぱり妖怪だったんだ。そう思ってた。でも待って。これってもしかして私が見た靄と同じかもしれない」

 夜空に浮かぶ星のようにキラッキラに輝いたたまこの目の中に映る太郎は、司の頭に鋭い爪を食い込ませて鷲掴みにしたところだった。

「たまちゃん、あんたが見た黒い靄ってのはねえ、あれだよ。太郎だよ。太郎はねえ、己の炎をコントロールすために時折ああやって靄で身を包むんだ。じゃないと近くにあるものずべてを燃やしちゃうからね」

 たまちゃんが死にそうなときに見たのはこれだよ。

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