麻布十番の妖遊戯
「昭子さん、私の最後のお願いを聞いてください」と満面の笑みを浮かべた。

「そうかい、今すぐ氷漬けにしてほしいのかい、わかったよ。おまえの冥土の手土産にしてやるよ。見てな」

 昭子が口元に手を持っていく。小さく息を吸い、

「違います違います。凍らせちゃダメです。逆ですよ。許してあげてください。私も最後にみなさんのことを全部知れて嬉しいし。これも侍さんのおかげです」

 急いで昭子を止めた。
 危ねえ。と、侍が腕で額の汗を拭う。

「なんだい、違うのかい?」

 面白くなさそうに手をおろす。

「太郎さんが死体を食べる火車で、昭子さんが雪女、侍さんが成仏しそこなって名無しの妖怪になったってことが私のノートに刻みこまれました。そして、太郎さんは今から霊のあの男をも食べようとしてるんですよね。あいつの本体はもう既に食べちゃったのかな…… ああ、そうか、生きてる人間には興味ないって言ってましたよね。でも死体は…… まあ、でもこれで心置きなくこの世から逝けます。だから、侍さんのこと怒らないでください。凍らせないで」

 たまこが昭子にお願いした。眉を下げ、手を胸の前で合掌させる。
 ふん。と昭子は鼻息荒く侍を睨む。
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