麻布十番の妖遊戯
 もんくを言っても目の前にはよく育ったトマトやきゅうり、ナスが皿に乗せられ、塩と味噌もつけられていた。

 君が喜ぶ顔が見たかったから。それに、その変質者は家の敷地内にも侵入してきたって話だよ。怖いじゃない。だから、もう少し待って。と優しい笑顔を瑞香に見せた。

 瑞香は渋々ではあるが、それを受け入れた。司が嘘をつくなんて微塵も考えなかったのであある。

「いただきます」

 手を合わせた。キュウリに塩をつけてかじりつく。
 瑞々しくて甘い。

 自分で育てた野菜を食べるのが初めてだった瑞香は皿に乗っている野菜すべてを平らげた。

 それをじっと見ていた司は満足気に頷くと、俺はちょっと用事があるから出かけると言い残し、車の鍵を取った。

「私も一緒に行っちゃダメ?」

 即座に席を立つ。

「家にいてって言ったよ」

 振り返りもせずに言い放った。

 瑞香は何も言えず、司が家から出て行くのをただ目で追い、彼のいなくなった家に一人残り、何をするでもなくソファーに座って外を眺めた。
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