麻布十番の妖遊戯
 一度そう思い込んでしまうと、愛は一気に冷めていく。それを瑞香は知っていた。だからそうならないように努力しなければならなかったのだ。

 もし別れて都心に戻っても今までと同じような立場で同じような仕事があるかどうか、不安なところでもあった。だから踏み出せないでいた。

 そういう気持ちになった時には外の新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んで、自分の中のグレーな気分を透明なものに入れ替えることにしていた。

 庭の奥には司が建てた小さな小屋があり、そこには南京錠が三つかけられていた。

 中には庭道具しか入っていないと聞いていた。

 小屋の周りだけは芝も伸び放題で手入れはされていないので歩きにくい。

 なので今まで行ったことがなかったが、今日はなぜかそれが気になった。

 司の性格上、きちんと刈り揃えなければ落ち着かないはずなのに、どうしてこの小屋だけはそんな状態にしておくのか、ちょっとひっかかった。

 行ってはいけないと言われていただけに躊躇したが、好奇心には敵わなかった。

 かじっていた洋梨を投げ、芝や雑草を掻き分けて近づく。小屋の周りを一周してみたけれど、窓一つない。

 中に何があるのかわからない。
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