麻布十番の妖遊戯
「そこで何してるの? もしかして入ろうとしてる? 入らないでって言ったよね。絶対やめてって言ったよね」

「違うの。これにはわけがあるの」

 首を振ってドアのぶに伸ばした手をひっこめた。
 司は靴を脱ぎ、ゆっくりと家の中に入ってくる。
 後ろ手にベランダの戸を閉め、器用にカーテンまで閉めた。

「何が違うっていうの? そこにいるのは入ろうとしたからだよね。それに、家の中めちゃくちゃだし。いったい君は僕のいない間に何をしてたの」

 ゆっくり近づいてくる司の目は見れたものじゃない。
 冷たく感情のない表情はただただ怖かった。こんな司は初めて見る。恐怖だった。
 一歩後ずさる。

「違うの。お庭の小屋にだれかいるの」
「庭の小屋?」

 司の動きが止まる。眉間にすうっと線が入り、こめかみがぴくりと動いた。

「お庭を散歩していて、小屋の前を通ったら中から声が聞こえたの。まさかと思って呼びかけたら、助けてって声がして。だから私鍵を探しに来たの。たぶん近所のこどもが間違えて入っちゃったんじゃないかな。それで、鍵を、家中探したけど無くて、だからもしかしたらって思って。でもね、入ろうと思ったけど、やめようとしたところに司が帰ってきたんだよ」

 一息に話した。肩で大きく呼吸する。

「ふうん。そう。小屋行っちゃったんだ。そこには行かないでってあれだけ言ったのに。君は守らなかったね。しかも声が聞こえたって?」

 おもむろにポケットに手を入れて司が取り出したのは、小さなポケットナイフだった。

 なぜそんなものを出したのか不思議に思った瑞香だったが、ナイフに恐怖を感じ壁に背をつけ、一歩下がる。
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