麻布十番の妖遊戯
 息子も同じように、段ボール箱を立て続けに車に積み込んだ。
 妻も同じく段ボールや紙袋などの荷物をどんどん車に積むと家の中に走って戻った。

 更に驚いたのは、家族の顔には笑みが溢れていることだった。息子に至っては口笛を吹いていた。
 わずかな時間の間に家族の手によって、ボストンバッグ、スーツケース、段ボールなどが家の中から運びだされていく。

「何をしてるんだ」

 状況を読めない司は急いで家の中に入る。家の中の状態を見て息を飲んだ。
 家の中は泥棒に入られたかのように荒れていた。
 家族が総出で家中を引っ掻き回し、大事な物、貴重品などを持ち出し、いらないものはなんと自分の入っている柩の中に無造作に投げ入れられていた。

「どういうことだ。これはどうなってる。なあ、おい」

 両手で頭を抱えながら、忙しなく動き回る家族に話しかけてももちろん返事はない。
 家族は時折笑い合いながら必要な荷物をまとめ、さも以前から決められていたかのように滑らかに事は運ばれていく。
 自分一人が蚊帳の外だった。

「お母さん、私の荷物はこれで全部だよ。取り残したものはないと思う」

「わかった。お兄ちゃんも荷物は全部持った?」

「持った。いらないものはあの人の箱の中に捨てた」

「そう。じゃ、最後に本当に忘れ物がないかそれぞれ自分の部屋を確認してちょうだい。あとで気づいてももう二度と取りに帰れないからね」

「そうだね、わかった。確認してくる」

 兄妹は自分の部屋に戻り、ベッドの下や机の中、クローゼットの中を隈なく確認し、その間に妻も家中の部屋という部屋を確認し、忘れ物がないかどうか念入りに細かく見ていった。
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