麻布十番の妖遊戯
 太郎はしばらく瑞香をそのままにして、昭子と侍の元へ行き、真面目な顔をして瑞香に聞こえないように小さい声で口を開いた。

 涙目になっている瑞香は時折すすり泣いたり、かと思えばおかしそうに、また、恥ずかしそうに笑ったりしてながら自分の人生を振り返っていた。
終わりのページを見て目を見開いた。

 そのページは、今こうしてここにいる絵が描かれていたのだ。
 こたつに入り、太郎と話している。
 その隣に昭子と侍が悪い笑みを浮かべてまっすぐこっちを見ていたのだ。
 顔を上げる。その絵が目の前に重なった。

「あなた方は一体」

「で、少しは気分は晴れたかしら?」

 昭子が酒を飲みながら聞き、侍がメロンソーダを飲みながら、「また後であの野郎を痛めつけることができるんだぜい。待ってな」と言い加える。

 瑞香はゆっくりと首を上下に振り、ノートを閉じようとしたとき、更に後ろに一枚ページがあるのに気づいた。

 一端顔をあげ、三人と一人一人目を合わせる。

 捲れと言われている風だった。
 そろりとページをめくると、息を飲んで顔を上げた。

「それじゃあ、この辺でそろそろ夜が明けちまう。夜が明けたら俺らも消えるから、あんたにはもうしばらく無になっててもらうぜ。そのときが来たら迷うことなく逝くんだぜ」

 太郎のことばを聞いたあとすぐに瑞香が三人じゃない方に目をむける。
 そこには以前見た靄がうごめいてた。
 急いで口を開いたのを無視して太郎が蝋燭を吹き消した。

 蝋燭の煙と共に瑞香もノートもふうっと煙に巻かれて明けてきた紫色の夜のおわりに吸い込まれていった。
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