麻布十番の妖遊戯
【侍は昔の武士の妖怪(たぶん)】

とはっきりと書き、メロンソーダ好きなのは長くこの世に居過ぎて現代に感化されてしまったから。
と、本当か嘘かもわからない自分が侍を見て思ったことを書き終えると、満足気に顎をつんと上げた。

「なんだよ、おまえこそここに長く居すぎたから仕草が昭子さんに似てきてんじゃねえか」

たまこが書いているのを横から覗き見していた侍が不服そうにちゃちゃを入れる。

「俺は別に感化なんてされちゃあいねえってんだよ。それに元から侍じゃねえって何回も言ってんだろが」と独り言ちた。

「そんなことを言いながらもちゃあんとメロンソーダ持ってんだから感化されたってえのもまんざらじゃないんじゃないかい? あたしに似てきたってのは誇らしいからそのままでいいよ」

 昭子がお手本だとばかりに顎をあげて鼻で一つ笑ってみせる。
 酒を注げとばかりにグラスを太郎に突き出した。

「はいはい、そしてそこに俺がお酒を注ぐのもいつもの『パターン』ですね。おや、カタカナことばを使ってしまうなんて、俺も感化されてるのやもしれないねえ」

 太郎が並々と酒を注いでやりながら唇を斜めに上げる。

「侍さんはメロンソーダが恋しくてこの世に留まってるのはわかりましたが、昭子さんはなぜこの世に留まっているんですか? 何か未練があるんですか? それか、もしかして昭子さんはそもそも……」

 ノートをめくり、【昭子さん】と新しくタイトルをつけた。
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