麻布十番の妖遊戯
 後にあたしの飼い主にもなるんですがね、優しそうな顔をした男がそこにいたんです。
 あたしら猫というものは魔性ですからして、とりあえず寒さと空腹を凌ぐためにこの男の家に入り込む算段を思いつきました。

 すんなりいきましたよ。難なく入り込むことに成功したんです。温かいミルクとごはんを貰って、温かい部屋に置いてくれました。
 そこで欲が出ましてね、もう二、三日、いや、春になって暖かくなるまでいてやろうと思い始めたんですよ。

 だって外は雪ですよ。
 春になるまでいてやってもいいかなとそんな気持ちになっていたんですが、雪が降ったのはその日一日だけで翌朝には綺麗な青空が出てました。

 早朝のことでした。
 犬があたしを咥えて犬専用の扉の前にポンと置いて、「出て行きなさい」と言ったんです。

 あたしのかわいさに飼い主が心変わりをするとでも思ったのでしょう。
 単細胞生物の犬ならではの思考能力にげんなりしましたが、あたしも負けません。
 おもいきり鳴いてやりましたよ。

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