麻布十番の妖遊戯
 そしたら犬が慌てて「やばい、静かにして」なんて言うもんですからね、更に悲しげに鳴き叫んでやりました。
まるで虐められている感を演出しました。そのくらい簡単なもんでございます。

「もうお腹もいっぱいになったでしょう。ご飯も外に置いて置いたから、それを持ってどこかへ行きなさい。他の家の軒下なら寒さもしのげるし風もない。そういうところへ行きなさい。この家はダメです」

 なんて悟すように言うんですよ。
 だから、あたしは犬に、ここを取られるのが嫌なら嫌とそう言えばいい。あたしはここが気に入った。温かいミルクもくれるし温かい家もある。おまえばかりいい思いをするなんてそんなのずるいじゃないか。独り占めしなくてもいいじゃないかって言ってやりました。

 あたしたちが騒いでいるのを聞きつけた飼い主が二階から降りてきたんです。足音でわかりました。
 犬を懲らしめてやろうと一際悲しげに鳴いてやったんです。

 しかし、視界の片隅に捉えた飼い主の顔は昨日のとは打って変わって安らげるものではなかったんです。
 あたしはあの目に恐怖を感じました。怖くて動けなくなりました。

 そうしたら犬があたしを咄嗟に咥えて走って犬用のドアから外へ放り投げたんです。
 飼い主が犬を怒鳴る声が聞こえました。

 あたしは怖くて一目散に駆け出し、となりの家の庭に潜り込み、なんとか屋根の上へ逃げました。
 直後、犬の悲鳴が聞こえたんです。
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