麻布十番の妖遊戯
 あたしを探しに外に出て来た飼い主の手には鎖が握られていて、犬に外に出ろと怒鳴っていました。
 犬は恐々外へ出ると飼い主の足元に顔をこすりつけました。蹴られないようにする手段でした。

 それなのにあの男は犬を蹴り飛ばしたんです。
 どんなに巨体でも人の力には敵いません。きゃんきゃん鳴く無抵抗な犬を蹴り飛ばし引きずり回したんです。
 気がすむと犬を外に置き去りにして家の中に入って行きました。

 あたしは犬が心配になり、屋根から飛び下りようとしたんです。
 でも犬はあたしがいるのをわかっていて、「ダメだ」と言いました。家の中から飼い主が外を見ている。あたしが来るのをじっと待ってるから来ちゃダメだとそう言ったんです。

 あたしはそのときに気づきました。
 死にそうになっているあたしを助けてエサを与えてくれた。元気になった。そして死なずにすんだ。
 でも目的がほかにあるんだと、すこぶる頭のいいあたしにはピンときました。

 だから犬は朝早くにあたしをこの家から追い出そうとしたんです。
 そうしないと自分のように虐められる。

 あたしのようなか弱き子猫は一瞬で殺されてしまう。
 だから、残りのエサを外に置いてくれて、どこかへ行けと言ったんだってわかって、そうなったら今度は犬が心配でどうにもこうにも離れられなくなりました。
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