失翼の天使―wing lost the angel―
「うん……呼んで下さい」



「ヒムカイさんどうぞお入り下さい」



キャスター付きのデスクチェアーに座り、問診票の内容をカルテに入力しながら患者さんを出迎える。



「こんばんは」



「こんばんは。脚立から落ちられたとの事ですが、脚は大丈夫なようですね?」



「お陰様でどこも痛くないんですが、娘が煩いものですから」



「そうなんですね」



笑顔で対応しながらも、拭いきれない疑問。

娘さんも入って貰い、落ちた時の状況を聞く事にした。



「ヤダ!お父さん、覚えてないの?」



「80過ぎたらそんなもんだ」



確かに85歳とご高齢だけど、格好もちゃんとして、実に清潔感のある人だ。



「まだボケてないでしょ」



「あぁ。ボケずに長生きが、うちの家系の自慢だな」



落ちた時の記憶がなく、どこも痛くない……。



「ちょっと、ベッドに寝ましょうか」



「はい」



ヒムカイさんをベッドへと寝かせ、私は立ち上がって包交車へと近付く。

そして、27ゲージの細めで長い注射針を取り出した。



「優海先生……?」



「長崎先生か、鷺沼先生を呼んで来て」



コソコソと指示を出し、私は手の中に針を隠しながらベッドへと寄った。
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