失翼の天使―wing lost the angel―
鷺沼家の柔軟剤に包まれた服が、洗濯されてると気付くには時間もかからず。



「……下着は、お袋がタオルの下に用意したらしいから使って;;」



照れたように言って、脱衣所を出ようとする鷺沼先生の腕を掴む。



「私……先生の優しさだけは、信じてますから……」



「ん?」



「……隆寬さんと、一先ずちゃんと別れの言葉を交わして来ます」



「うん。じゃ、ゆっくり入って来て」



私の手に重なる手を、ポンッと叩くように重ねた鷺沼先生。

悲しみ、怒り、悲しみと……繰り返される元彼への感情はきっと、あの日、逃げてから言葉を交わしてない事が原因だとふと思った。

向き合う事から逃げた事で、恋愛感情などなくとも、あの日に心が残されてるせいなのかも知れない。

彼の“別れて欲しい”って一言に、ちゃんと返事をして来よう。

熱いシャワーを頭から被り、乳白色のお湯にゆっくり浸かって、心を癒す。

呑んだ翌日には有難いうどんを作ってくれた院長夫人に礼を良い、兄からのメールで明日菜が無事に帰った事を知り、ホッとしながらマンションへと戻った。

着替えをし、とりあえず出勤の用意をして、愛用のトートバッグの底へとピンクのジュエリーボックスを沈めた。
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