パクチーの王様

 逸人は夜空を見上げ、白い息を吐きながら黙っていたが、やがて、口を開いた。

「昔――
 パクチーを我慢して食べたら、いいことがあったからだ」

「いいことってなんですか?」
と逸人を見上げた瞬間、芽以はアスファルトのくぼみに足を取られ、つまずいていた。

 うひゃっ、と間抜けな声を上げたときには、逸人が抱きとめてくれていた。

 うわっ。
 逸人さんの匂いがするっ。

 後ろから逸人に抱きすくめられるような形になった芽以は硬直する。

 いや、自分と同じ洗剤の香りなんだがっ。

 なんでだろうっ、緊張が頂点にっ、と思いながら、芽以は慌てて逸人から離れた。

「すっ、すみませんっ」
と謝ると、逸人は溜息をつき、
 
「俺が着るより、お前に着せるべきだな、トレンチ」
と言った。

「は?
 レンチですか?」

「……レンチで殴り殺すぞ」

 トレンチコートだ、と言う。
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