パクチーの王様

 慌てて立ち上がり、
「待て、日向子」
と呼び止めたが、もう彼女はさっさと出口に向かってしまっていた。

 上得意様の日向子を、支配人が慌てて追いかけていく。

 そうだ。
 今日は日向子と来てたんだった。

 なにか目の前に居て、しゃべっているのはわかっていたのだが、と思いながら、追おうとすると、顔見知りの店員が、

「甘城様は、支配人が引き止めてますので、お早く」
と小声で言ってくる。

 確かに、このまま、追いつかなかったから、大変なことになる。

「ありがとう。
 すまない」
と言って、そっと札を渡そうとした。

 日向子のせいで、テーブルも椅子も少し濡れていたからだ。

「いえ、結構です」

 さあ、お早く、と急かされ、出口に向かうと、手渡されたコートを手に、支配人と話しながら待っていた日向子がこちらを見る。
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