パクチーの王様
 いや、と言うと、
「あっ、そっ、そうなんですかっ。
 おやすみなさいっ」
と芽以は何故か、そそくさと行こうとした。

「待て」
と横を通り抜けようとした芽以の肩を刑事のようにつかむ。

「さっき、そこに立って、俺を見てなかったか?」

 そんなつもりはなかったのだが、詰問口調になっていた。

 すると、芽以は赤くなり、意味もなく、手を振り、言ってくる。

「みっ、見てませんっ。
 なにも見てませんっ」

 あまりに激しく主張するので、自分はハタを織っていたツルだったろうかと思ってしまう。

 芽以が立っていたのは、おそらく確かだし、それを否定する意味がよくわからないんだが、と思っていると、

「おっ、おやすみなさいっ」
と叫んで、芽以は行こうとする。

 思わず、その手をつかむと、芽以は、ひーっ、という顔で振りほどき、ダッシュで逃げていってしまった。

 ……手を振りほどかれた。

 逸人はショックでその場に立ち尽くしていた。
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